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名古屋地方裁判所 平成2年(ワ)3613号 判決

原告

株式会社三喜建設

右代表者代表取締役

三喜畑秀樹

右訴訟代理人弁護士

岩崎光記

被告

長谷川勇夫

右訴訟代理人弁護士

三笠三郎

草野勝彦

平野好道

墨﨑照明

主文

一  原告の本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一二五〇万四六〇〇円及びこれに対する平成二年八月一一日より支払済に至るまで一日につき一〇〇〇分の一の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

1  (本案前の申立)

主文第一、二項同旨。

2  (本案についての申立)

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  主張

一  原告の請求原因

1  (当事者)

(一) 原告は、建築工事請負等を目的とする株式会社である。

(二) 被告は、名古屋市守山区大字小幡字中井七三番一の土地を所有しているが、株式会社エビスヤ(以下、「エビスヤ」という。)との間で同土地上に建物を新築してこれをエビスヤに店舗として賃貸する契約を締結し、この契約に基づき、後記の建築工事を発注したものである。

(三) したがって、建築される建物の利用者はエビスヤであり、同社は、原告に対し、実質的な発注者として振る舞い、指示をなしていた。

2  (建築工事請負契約)

(一) 原告は、平成二年二月三日、被告との間で次の建築工事請負契約を締結した(以下、「本件請負契約」という。)。

名称 文化書店守山店新築工事

場所 被告所有の前記土地

工事内容 重量鉄骨造二階建折板葺店舗

床面積 一階 353.191平方メートル

二階 336.376平方メートル

工期 平成二年三月中旬着工同年七月一〇日完成

代金 六一五〇万円 外消費税分一八四万五〇〇〇円

合計 六三三四万五〇〇〇円

支払方法 毎月末日締切り、翌月一〇日出来高査定の八〇パーセント支払(現金)、残金一括最終回支払(現金)。

違約金 代金支払が遅滞したときは、遅滞分につき一日一〇〇〇分の一に相当する額の違約金を支払う。

(二) 原告と被告は、本件請負契約について、建築工事の監理者として合資会社谷口建築工事設計事務所を指定した。また、右契約につき、工事の追加、変更をする場合は、工事の減少部分については見積内訳書に記載する単価により、工事の増加部分については双方並びに監理者が協議のうえ時価により、それぞれ代金の定めを変更する旨を約した。

(三) 原告は、平成二年三月中旬、約旨のとおり本件工事に着工した。

3  (追加・変更工事)

(一) 被告は、前記工事期間中、原告に対し、別紙追加・変更工事目録一ないし三記載のとおり、合計二八項目にわたる追加、変更工事の申し入れをなし、原告は、これを承諾し、右各工事を施工した。

(二) 右追加・変更工事による本件請負契約の代金変更は、前記約定に従い、工事減少部分については見積内訳書により、工事増加部分については原、被告と監理者とが協議して、同目録の工事金額欄記載のとおり追加工事代金が定められた。これによる追加工事代金は、小合計一九九二万四六〇〇円、外消費税分五八万円、合計二〇五〇万四六〇〇円である。

4  (工事の完成と代金支払)

(一) 原告は、平成二年七月一九日までに本件工事及び前記追加・変更工事をすべて完成させ、本件建物を被告に引き渡した。

(二) 本件請負契約による代金は、前記の追加・変更工事による追加分を加えて、合計八三八四万九六〇〇円(消費税込み)になるが、被告は原告に対し、これまでに合計七一三四万五〇〇〇円を支払ったのみで、残金一二五〇万四六〇〇円を支払わない。

(三) 被告の残金支払の期限は、本件請負契約の約定により平成二年八月一〇日であるが、その翌日である同月一一日から支払済までは支払遅延分につき一日あたり一〇〇〇分の一の遅延損害金が発生する。

5  よって原告は、被告に対し、残代金一二五〇万四六〇〇円及びこれに対する平成二年八月一一日より支払済に至るまで一日につき一〇〇〇分の一の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  原告と被告は、本件請負契約の締結に際し、本件工事に関して紛争が生じた場合、「名古屋建設工事紛争審査会」の仲裁に付し、その仲裁判断に服する旨合意した。右「名古屋建設工事紛争審査会」という名称の機関は存在しないが、その趣旨は、名古屋市に所在する建設工事紛争審査会の仲裁に服する趣旨であって、当該仲裁機関は、「愛知県建設工事紛争審査会」である。したがって、右仲裁契約は有効であって、本件訴えは訴訟要件を欠く不適法なものである。

2  仮に、右仲裁契約が「名古屋建設工事紛争審査会」が存在しないことから仲裁機関を定めない合意であるとしても、管轄審査会を特定していない場合には建設業法第二五条の九、一項又は二項に定める建設工事紛争審査会を管轄審査会とする旨を合意しているのであるから、いずれにせよ仲裁判断を受けるべき合意として有効なものであって、本件訴えは不適法である。

三  本案前の主張に対する原告の認否

1  被告の仲裁契約の主張はいずれも否認する。本件請負契約の契約書に形式的にその旨の記載があるとしても、存在しない仲裁機関を記載するなど、契約当事者が真実仲裁に付する意思があったとは認められないので、原、被告間に仲裁契約は存在しない。

2  仮に被告主張の仲裁契約があるとしても、右仲裁契約の対象とした取引の範囲は、被告が主張する本件建物構造部分のみの請負工事契約に関するものか、原告が主張する本件建物全部の請負工事契約に関するものか、不明であって特定されていない。仲裁の対象が一義的に特定されない右仲裁契約は無効というべきである。

3  仮に仲裁契約が有効であるとしても、本件訴訟は既に九回の口頭弁論期日を重ねている段階で、被告は、初めて右主張をなした。被告の右主張は、これまでの審理を無駄にして別の機関で審理をやり直すことになる結果を招来するので、著しく訴訟経済に反する。すなわち、被告の右主張は時機に遅れた攻撃防御方法であり、却下されるべきである。

四  請求原因事実に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1のうち、(一)の事実、被告が原告主張の土地を所有し、エビスヤとの間に原告主張の契約をなしていたこと、エビスヤが原告に対し本件工事の実質的発注者として振る舞い、指示をなしていたことはそれぞれ認めるが、その余の事実は争う。

2  請求原因2、(一)の事実は否認する。原告主張の本件工事は、被告が建物構造部分(代金二七五三万五二〇〇円相当)を発注し、エビスヤがその余の工事部分(代金三五八〇万九七九九円相当)を発注し、原告がその各工事を請け負ったものである。

同(二)、(三)の事実は認める。

3  請求原因3の各事実は否認する。《以下第三まで省略》

理由

一  原告と被告との間の本件請負契約の成立について判断する。

1  原告が建築工事請負等を目的とする株式会社であること、被告は、名古屋市守山区大字小幡字中井七三番一の土地を所有しているが、エビスヤとの間で同土地上に建物を新築してこれをエビスヤに店舗として賃貸する契約を締結していたこと、エビスヤが原告に対し本件工事の実質的発注者として振る舞い、指示をしていたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実、成立に争いのない甲第一号証、乙第一号証及び乙第一二号証の記載、並びに原告代表者尋問の結果(第一回)によると、次の事実が認められる。

(一)  原告は、賃貸用店舗を求めるテナントに対し、テナントが希望する建物を建築して賃貸する地主を紹介し、その賃貸借を斡旋するとともに、地主から右賃貸用店舗の建築工事を請け負う、いわゆるリース建築を主たる業種とする建築会社である。原告は、各種店舗をもって営業を展開しているエビスヤに土地情報を提供して店舗の斡旋を試みていたが、平成元年一二月、エビスヤより、被告から土地の提供を受けて店舗を新築し、同店舗を賃借する話がまとまっているので、右建築見積りをしてもらいたい旨の依頼を受けた。

(二)  被告とエビスヤは、被告がエビスヤより建築資金の一部の提供を受け、被告所有の土地に店舗を新築し、これをエビスヤに賃貸する旨合意していたものである。原告は、エビスヤから見積りを依頼された建築が同社の営業のための店舗であり、かつ、その建築資金をエビスヤが主に負担することになることから、右見積り、請負契約の交渉を専らエビスヤと重ね、平成二年一月二〇日頃に、エビスヤが希望する設計に基づき、代金六一五〇万円で建築工事を請け負う旨ほぼ交渉をまとめるに至った。

(三)  しかし、エビスヤは新築される店舗の賃借人にすぎず、建築主は地主である被告であったため、原告は、あらためて被告との話し合いをもち、同年二月三日、被告との間において、請求原因2、一のとおりの本件請負契約を締結した。もっとも、その際、エビスヤは、原告に対し、同社が被告に提供する建築資金の割合に応じて被告との間の賃貸借条件が左右されるので、それぞれが負担する資金額を明らかにするため、被告に対する契約書とエビスヤに対する契約書と二つの契約書を作成してもらいたい旨要請していた。

(四)  エビスヤは、同年五、六月頃、原告に対し、被告との建築資金の分担が決まったので、それに応じた契約書と見積書を作成してもらいたい旨要請し、被告の負担額を二七五三万五二〇〇円、エビスヤの負担額を三五八〇万九七九九円と指示した。原告は、これに応じて、被告との間の工事請負契約書を作成し、同契約金額に合わせて見積書を作成し、被告からの署名捺印を得たが、右見積書の内容は、依頼の趣旨に従い建物構造部分を主としつつも、工事としては独立した意味をもたない数字合わせのものに過ぎなかった。また、原告は、残りの金額に応じたエビスヤとの間の契約書も作成したが、エビスヤは右契約書に署名捺印をしなかった。

3  右認定事実によれば、本件建物の建築は、エビスヤの需要に応じるためなされるもので、建築の規模、内容、工期、代金等の請負契約の主要な内容は原告とエビスヤとの間で交渉されたものではあるが、被告とエビスヤとは、既に契約により、被告はエビスヤに対し、土地を賃貸するものではなく、同社が希望する建物を新築して賃貸することとし、そのために建物の建築主を被告とすることを既定の方針としていたものであって、これを前提にエビスヤが原告と交渉していたに過ぎず、したがって、平成二年二月三日、原告との間の正式な本件請負契約を締結するにあたり、被告がその発注者になったものであることが認められる。そうであれば、原告との関係における本件請負契約の当事者は、その工事の全部について、被告であると言わなければならない。この段階で、被告とエビスヤが工事を区分して発注した事実はない。

4  もっとも、その後、原告と被告は、被告がエビスヤとの間で了解した工事負担金額に応じた代金額の契約書を作成していることが窺われるが、右契約書を二通に分ける処理は、被告とエビスヤとの経理上の便宜のためなされたに過ぎないことが窺われる。さらに言えば、エビスヤはこれに対応する自己の負担金額分に応じた契約書に署名捺印をしていないのであるから、事後的にせよ、本件請負契約の発注者を二当事者に分ける更改契約は結局成立していないと言わなければならない。そうすると、右の経過も前示の判断を左右するものではない。

また、原告とエビスヤとの本件請負契約上の関係を見れば、エビスヤは、被告のために原告と交渉を重ね、契約締結後は、被告のために本件工事に関する指示等をなしていたものと解することができ、エビスヤの本件請負契約における行動は、前示の判断に矛盾するものではない。

二  そこで、被告が主張する仲裁契約の成立について判断する。

1  前記甲第一号証及び原告代表者尋問の結果(第二回)によれば、原告は、本件請負契約の締結に際し、被告に対し、契約書に四会連合協定の工事請負約款を添付するとともに、同約款三〇条による仲裁合意書の趣旨を説明し、同仲裁合意書に署名捺印させたうえ、管轄審査会名として「名古屋建設工事紛争審査会」と記入したことが認められる。

右認定のとおり、原告は、形式的にではなく、実質的にも、紛争が生じた場合には第三者機関としての建設業法所定の建設工事紛争審査会による解決を期待し、素人である被告にもそのことを説明して右仲裁合意書に署名捺印させたのであるから、右仲裁付託の意思は明確であり、単なる契約書上の例文的記載と見ることはできない。もっとも、原告代表者の供述には、当時は仲裁の意義を理解していなかったと述べる部分があるが、建設業者の立場で右約款と仲裁合意書の記載を読みさえすれば十分その意義を理解し得るものであることは明らかであり、右供述は到底措信できない。

2 右仲裁合意書には、仲裁機関として「名古屋建設工事紛争審査会」と記載しているところ、弁論の全趣旨によれば、右名称の機関が存在していないことが認められる。しかしながら、原告代表者の右供述によっても、原告は、名古屋市に所在する建設工事紛争審査会の名称がそれであるとの考えから右名称を記載したもので、存在しない架空の機関を想定して記載したものではないと述べるものであるから、その意思を合理的に解釈し、名古屋市に所在する建設業法による機関である「愛知県建設工事紛争審査会」を仲裁機関として意図したものと解するのが相当であり、その趣旨の有効な仲裁契約であると解することができる。この点に関する原告の指摘は失当である。

また、原告は、右仲裁契約の対象とした取引の範囲が、被告主張の本件建物構造部分のみの請負工事契約に関するものか、本件請負工事契約全部に関するものか、不明であり特定されていないと主張するが、前記認定事実のとおり、原告と被告との間に本件請負工事契約の成立が認められ、右契約締結に際し、本件仲裁契約が成立しているのであるから、その対象とした契約が本件請負工事契約全部にかかるものであることは明らかであって、なんら不明、不特定のところはない。この点に関する原告の主張も失当である。

そうすると、原告と被告との間の右仲裁契約は有効なものと言わなければならない。

3 原告は、被告の右主張は、これまでの本訴における審理を無駄にし、訴訟経済に反するものであるから、時機に遅れたものである旨主張する。しかし、本件訴訟の争点は、前記主張事実の摘示のとおり多岐に亘るものであるが、これまでの審理は、主張の整理と本件請負工事契約の成立及び同契約についての仲裁契約の成立に関する証拠調べの審理しかなされていないことは明らかである。そして、右審理は右本案前の主張を審理するのにも必要な手続であって、この段階で被告が右主張をなしたからといって、ただちに右主張が時機に遅れたものであるとする訳にはいかない。

また、本件の弁論の全趣旨によれば、被告は、当裁判所の説得にも拘わらず、本件請負工事契約に関する本件紛争は、その争点について、専門業者の一般経験則と知識によって判断されるのが必要であるとの希望を強く持っていることが認められる。被告は本件請負工事契約の発注者であって、原告が建設業者であることを鑑みれば、右被告の本件仲裁契約による紛争解決の希望を無視し難く、被告の右態度を訴訟における信義則に反するとはただちには言い難い。

そうすると、被告の右主張は却下する訳にはいかない。

4  前記甲第一号証と弁論の全趣旨によれば、右仲裁契約は、前記工事請負契約約款三〇条に基づき、審査会が斡旋、調停をしないかこれを打ち切ったとき、又は斡旋、調停によって紛争が解決する見込みがないときに審査会の仲裁に付する旨の合意であるが、本件の紛争の実情からみると、既に斡旋、調停では紛争解決の見込みがないと言うべきであるから、当事者は直ちに右仲裁契約に基づく仲裁の申立をなすことができる。すなわち、原告は、本件請負工事契約に関する紛争について、右仲裁契約の存在により訴訟要件を欠き、訴えを提起することはできない。

三  以上のとおりであるから、原告の本件訴えは訴訟要件を欠くのでこれを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大内捷司)

別紙追加・変更工事目録〈省略〉

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